日米安保体制がもつ国際的な意味とは

2020/05/09
国内政治問題と外交問題とを比較するならば外交問題に関して国民の参加を妨げる客観的および主体的要因の働き方は直接的であるよりは、むしろ国内政治問題との関わりを通じた間接的な形をとることが多いことに注目する必要がある。

外交問題が直接伝統的な集団的帰属意識に関わりをもつことは少ない。天皇制のあり方、例えば昭和天皇の死およびこれに関する日本社会の行動、教科書検定問題、靖国神社公式参拝問題等に関する諸外国の反応、あるいは尖閣列島、竹島、いわゆる北方領上等の領土問題に対しては客観的および主体的要因の双方が直接的に国民のナショナリズムの意識に働きかけようとすることはあるが、これらのケースはむしろ例外的である。

例えば戦後日本外交の基軸ともいわれてきた日米関係、特に日米安保体制を見てみよう。ここでは政権の側が戦前から意識的に扶植されてきた反共主義的観念に訴えることによって、また1960年代以後は日本経済の繁栄に稗益する人々が増えることにより、その繁栄をもたらした日米関係を不安定化するわけにはいかないという主張を積極的に展開することを通じて国民の多くが安保容認論に傾く素地を作ってきた。

つまり日米安保体制がもつ国際的意味とか、その中での日本の位置づけとかの国際的、外交的側面ではなく国内的な意味合いとの関わりでその正当化が図られるという姿である。1960年のいわゆる安保闘争を最後として日本のアメリカ軍基地がアメリカの世界戦略遂行上どのような重要性を占めているのか?アメリカの世界戦略および日米安保体制の下で日本がいかなる軍事的機能を担うことになっているのか?また、自衛隊がその中で担っている機能は何か?日本がアメリカの世界戦略を下支えすることが国際関係にいかなる意味をもつのか?等々の国際的、外交的側面が多くの国民を巻き込んで正面から論じられ、国民的関心を呼び起こすということはほとんどない状況が続いている。