差額ベッドとは診療報酬上6人部屋が標準とされていることから生ずる問題

2020/05/09
差額ベッドとは診療報酬上6人部屋が標準とされていることから生ずる問題です。6人部屋を維持するだけの診療報酬しか支払われません。4人部屋、2人部屋、個室と1人当たりの占めるスペースが増えるにつれ差額を請求する制度です。

差額の額は病院によって相当異なります。病院が自主的に決めることができるからです。4人部屋、2人部屋で数千円から1万円、個室になると1万5,000円~2万円以上になることが通常のようです。もちろん1日当たりの額です。

差額の存在をどう考えればいいのでしょうか。病院側からみれば1人当たりの占めるスペースに応じて診療報酬以外の費用をもらうのは経営上やむをえない措置かもしれません。部屋を個室にしても診療報酬上いっさい評価されないからです。ここに日本の医療の「質より量」という考え方が典型的に現れています。

ともかく需要に追いつく量を提供しようとする方針で一貫してきたのです。そこには患者の生活の質やゆとりといった療養環境を整備することを評価する余裕ぱありませんでした。厚生労働省は以下の場合、差額ベッド料を求めてはならないという通知を出しています。
  • 同意書による同意の確認を行っていない場合
  • 患者本人の「治療上の必要」により特別療養環境室(個室など)へ入院させる場合
  • 病棟管理の必要性等から特別療養環境室に入院させた場合で、実質的に患者の選択によらない場合
療養環境の抜本的改善がなされない限り当面、差額ベッドは残り続けるでしょう。そうであるならば、費用徴収の基準と費用算定の透明性を確保すること、額をできるかぎり低額にすることが求められます。差額ベッド以外にも保険外の負担があります。医療費の他に「おむつ代」「雑費」などの名目で月10万円から15万円ものお金を患者から徴収するのです。保険の自己負担とはまったく別個です。

民事裁判への国民参加は必然である

2020/05/09
主要な政党はいずれも民事裁判への国民参加については一応肯定的であるわけで、あとは国民の意向次第で、この方向はもっと推進できるはずなのです。理屈からしても今回の司法改革の出発点は規制緩和の流れの中で司法というインフラをいかに強化、整備して来るべき日本社会を構築していくかが課題だったはずです。

それなのに改革審の最終意見書が司法改革の目玉である国民参加は「とりあえず刑事裁判から」とした理由は何だったのでしょうか。1つには、たった13名しかいない改革審の有力メンバーに刑事法の専門家が入っており、刑事裁判についてなら制度設計や提言がしやすかったことがあります。

2つには財界が民事裁判での国民参加に消極的で、改革審の構成メンバーからして到底まとめることはできなかったという状況があります。すなわち、いくら消費者団体や労働界のメンバーが「民事にも国民参加を」と主張しても恐らく真正面から財界側メンバーとぶつかって意見はまとまらないだろう。そうなると「国民の司法参加」そのものまでお流れになる危険性が高いとの判断があったのではないかと思います。

実際、改革審の議論を見ますと民事司法については議論が割れてしまい、意見をまとめるのは大変だった様子がうかがえます。そして結果として改革審の民事司法についての提言はオブラートに包んだような当たり障りのないものにならざるを得ず、国民参加も「さしあたり刑事裁判から」となったのでした。

しかし、今後の政策づくりにおいて、どういう領域から国民参加の司法を実現するかは何もこの意見書にこだわる必要はありません。改革審の意見書はあくまでも「暫定案」であって、骨抜きにするのは困るとしても、その内容をさらに発展させることは審議会の意見に反することにはならないし、それが政治家に期待されていると考えるべきでしょう。

膨大な赤字を抱え込んだ財政についての財政構造改革白書

2020/05/09
膨大な赤字を抱え込んだ財政について報告には後に事あるごとに引用されるようになる次の文章が含まれていた。「現状は例えて言うならば近い将来において作裂することが予想される大きな時限爆弾を抱えた状態であり、且つその時限爆弾を毎年大きくしていると言わなければならない」報告は福祉、医療、教育予算の削減を求めるとともに遠慮がちながら公共事業にも批判の目を向けていた。

例えば「社会資本の整備に際しては、そのコストとベネフィット(費用と便益)を比較衡量する必要があり、整備された社会資本から生まれる便益が果たして将来世代の負担に見合うほどのものであるのかというチェックが不可欠である」と述べ、具体的には「より人口集積の少ない地域の道路」に「慎重な判断」を求めている。

異例なことに特別部会の席で用いられた討議資料を整理した「財政構造改革を考える明るい未来を子どもたちに」という報告書を発表した。国民に事態の深刻さを知ってもらうためだという。

更に異例なことに、こうした文書が全文で439ページもある「財政構造改革白書」(東洋経済新)と銘打たれて同年10月に市販された。類書があったとすれば、政府が1970年7月に刊行した「歳出百科」(大蔵省主計局編)だろう。それは1970年代の初めに世界を襲った石油危機で池田勇人首相の「所得倍増計画」や田中角栄首相の「日本列島改造論」などに象徴される公共投資をテコにした戦後の経済成長路線が破綻し、膨大な赤字に直面したときに出されたものだ。

この「歳出百科」をきっかけに歴代の自民党政府は1980年代に「増税なき財政再建」を推し進めた。生活保護の国庫負担率の切り下げをはじめ、無料だった高齢者医療の有料化、児童、老人、心身障害者施設の建設費の国庫負担の大幅切り下げなど「福祉切り捨て路線」が強行されたことは遠い過去のことではない。

CSFBとリーマンブラザーズ証券、クレスベール証券の私募債は詐欺紛い

2020/05/09
CSFBと国際証券グループの飛ばし取引の検査を通じて金融監督庁は新たに他の外資の飛ばし取引きへの関与を裏付ける資料も入手した。米リーマンブラザーズ証券とクレスベール証券がそれで、両証券ともCSFBと同じく国際証券グループを仲介とし、不明朗なデリバティブ取引や投資商品を売っていた。監督庁はすかさず5月下旬にリーマンとクレスベールの日本拠点の抜き打ち検査を相次ぎスタートした。

なんといっても注目の的はクレスベールだ。欧米の大金融資本であるCSFBやリーマンのような知名度こそないが、監督庁幹部にいわせると「顧客の粉飾決算の幇助はおろか、日本の金融に無知な素人企業を編し、詐欺紛いの行為さえ平気でやっていた。最も許せない外資がクレスペールだ」という。

女性販売員が手押し車を引いてはオフィスを訪れ、乳酸菌飲料を1本1本売り歩いて稼ぐ地道な収益の積み重ねを基礎に将来性のある医薬品やバイオテクノロジーの分野にも積極的に進出。その一方でプロ野球球団を持つ遊び心もある優良企業。1998年3月期決算でデリバティブを使った約1億円の巨額の投資有価証券の含み損失が発覚するまでは、こんな企業イメージがヤクルトの売りだった。しかし、デリバティブ損が発覚後は、ここ数年1,500円~1,300円程度で推移していた同社の株価は一時、500円程度まで下落し、これまでのさわやかな企業イメージも大きく傷ついた。

ヤクルトをそんな痛い目に合わせた中核的な存在がCSFBとクレスペール証券だった。CSFBとの取引きは、国際証券の部長が大蔵省からヤクルトに三顧の礼で迎えられた熊谷直樹副社長(当時)をCSFBの担当者に紹介して始まった。過去の含み損を帳消しにしようと金利や為替、株価指数を使ったデリバティブ取引を積極的に張ったが、結果は無残にも頓死するだけだった。

ヤクルト社内には誰も複雑な国際的なデリバティブ取引を分かる者はおらず、社長以下他の役員は「大蔵のエリート官僚のやることだから心配はないだろう」(関係筋)と雪だるま式に膨れ上がる含み損にも安穏としていたというから、校滑な外資にとってこんないいカモはいなかったかもしれない。