アラウンド還暦(アラカン)は仕事にありつくことができるのか?

2020/07/14
100年に一度の経済危機で、派遣切りなどが進んでいますが、果たして定年退職を迎えるような60歳前後の「アラウンド還暦(アラカン)」の世代に仕事はあるのでしょうか?仕事の有無を見る方法として一般的なのは、ハローワークなどに来る求職者の数に対して求人がどの程度の割合であるのかを示す「有効求人倍率」です。

1人の求職者に対してひとつの求人件数があれば有効求人倍率は1倍です。直近の数字では0.46倍になっています。求職者1人に対して0.46件しか求人がない状況で2人に1人は職がない状況といえます。

有効求人倍率はバブル崩壊後の1993年になって0.76倍に落ち込み、以後ずっと1倍未満でしたが、2006年、2007年と1倍を回復。しかし、2008年に世界的な経済危機に見舞われ、再び有効求人倍率は1倍未満に低下してしまいました。2009年に入ってからはさらに大きく下落し、金融機関の連鎖破綻があった直後の1998年は0.53倍、1999年の0.48倍を超える史上最悪の求人状況になっています。

また、問題なのは年齢によって区分した「年齢別有効求人倍率」の数値です。全体を1.0とした場合、60歳~64歳は各年齢階層の中で最低の0.31倍しかありません。65歳以上が逆に1.04倍というのは皮肉ですが、これは60歳~64歳の年齢層の求職者の数が求人の数の2倍程度あることを意味します。ちなみに「就職機会積み上げ方式」で有効求人倍率をを見た場合も60歳~64歳は0.39しかありません。ただし45歳~49歳の0.38よりはましな数字になっています。

最近は、求人をするのに年齢制限を設けるのは規制されていますから年齢によって求人数にそう大きな差があるわけではないと考えられます。つまり仕事が少ないというよりも、むしろ求職者の数が多いことを意味しています。

定年退職で仕事をリタイアしたものの求職活動をしている人が多いということかもしれません。あるいは失業保険をもらうために便宜上就職活動をしている人が多いのかもしれません。要するに60歳以上の人は、なかなか仕事にありつけないということです。

そもそも定年退職以後にできる仕事には、どんなものがあるのでしょうか。たとえば企業によっては定年退職者の「セカンド・ライフ」のためにトータルなコンサルティング・サービスを提供しているところもあります。

これは、企業の福利厚生の一環としてやっているところが多いのですが、定年退職者が今後の長い老後をどう過ごせばいいのか。働くにしても何をすればいいのか。あるいは働く必要がない人もボランティアのノウハウなどを教えてくれるサービスです。

従業員の福利厚生の「カフェテリア・プラン」の一環として自分で好きなメニューを選択できるコースを採用している企業では、そのカフェテリア・プランの中にこうした定年退職後のコンサルティングのメニューも入っている場合があります。

むろん、定年退職前から人材派遣会社のコンサルティングを受けて定年退職後の仕事を探す人も少なくありません。人材派遣大手の「パソナ」のアンケート調査によると定年退職後の身の振り方をある程度決めている人の3割は「仕事を続ける」と答えています。


さらに「社会貢献活動・地域貢献活動(20.8%)」「趣味や旅行を楽しむ(15.6%)」「海外や田舎暮らし(14.6%)」「資格取得や勉強(7.3%)」という順番になっています。いずれにしても会社が用意してくれるセカンド・ライフのためのコンサルティング・サービスが受けられる人は受けて損はないはずです。

社会保障給付の中で特に深刻な問題なのは年金の増加である

2020/05/11
社会保障給付の中でで特に深刻な問題を提起するのが年金だ。年金以外にも医療保険や福祉施策の負担増加が予想されるが、必要とされる財源規模の大きさからみると年金には及ばない。「将来の日本の財政問題は社会保障問題だ」と述べたが、そのなかで最重要の課題が年金なのである。そこで以下では、この問題について述べることとしよう。高齢化は次の2つの理由で年金財政に問題をもたらす。

第1に年金受給者が増える。現在約2,000万人の65歳以上人口が25年後には約3,300万人になると予測されている。これから単純に考えても年金受給者数は5割以上増加することになる。第2に各受給者の年金受給期間が長くなる。30年前に比べると現在の平均受給期間は既に5年程度長くなっている。将来は更に2年程度延びると予測されている。以上2つの要因によって年金支給総額は増加する。

他方で保険料や税金を負担する労働人口は今後減少する。このため年金の給付水準を維持するには保険料を大幅に引き上げる必要がある。保険料をそのままにするなら給付を減らす必要がある。旧版の将来人口推計によっても、将来の社会保障負担は著しく増加することが予想されていた。新推計では高齢化がそれより進むという見通しになっているので事態はさらに悪化することになる。

1999年が年金制度の見直しの年になることから厚生省は「5つの選択肢」を年金審議会に示していた。これを受けた年金審議会は1998年10月の意見書で厚生年金について「現在の年金額は引き下げないが、今後の引き上げ幅を抑えて将来の給付水準を引き下げることぱやむを得ない」とした。また、60~64歳に支給されている厚生年金の報酬比例部分の段階的廃止や賃金スライドの凍結なども提示した。

老いに関するふたつの誤解

高齢者の活力や健康感には生活条件の変化も大きな影響を与えている。同じスウェーデンの調査によれば身体的な条件が同じであっても孤立感に悩まされる環境で生活する高齢者は、より疲労感が強く、主観的な健康感が低下し、より多く医療サービスや薬を消費する傾向にある。

平均寿命における性差は今後ますます大きくなっていくと考えられる。とすると、社会的な関係の喪失や孤立感に悩まされる女性の増大は大きな社会問題となっていくであろう。実際、高齢の女性に精神的問題が多く認められることの理由のひとつに、女性の方が男性より配偶者との死別後の生活期間が長いことを指摘する報告もある。

関係の喪失のうちでも特に配偶者との死別体験が寿命を短くすることも報告されている。最近の研究では配偶者と死別してから最初の3ヵ月間の間に有病率や死亡率が急激に増加することが明らかになっている。この研究では50歳から90歳の人々の配偶者と死別して最初の3ヵ月間の死亡率は配偶者と共に生活している同年代の人々と比べると男性では48%、女性では22%増えるというデータが示されている。このような事実をふまえて、どうすれば予防的な援助が可能なのか、どのようなニーズがありえるのかについては、今後のきちんとした研究が待たれている。

高齢者については、しばしば次のような誤解がされている。ひとつは私たちの身体の細胞や臓器は高齢期になるとエネルギーを生み出す余力が限られてくるから、出来るだけケチケチと心身の能力を使う方が長持ちするという考えだ。しかし最近の研究結果はそれとまったく逆で、高齢者の場合でも細胞も臓器もしっかり使って刺激を与えることが必要だということが明らかになった。むしろ能力を使わないことの方が一般的に衰えを招きやすく危険である。一例をあげると血栓症がそうだ。これは血管が詰まり血液の循環障害を起こすもので高齢者に多い病気だが身体を動かしていない、活動しないでいる時期の方がはるかに起こりやすい。

そういう意味では高齢者へのいわゆる保健指導や予防的な教育の中でも「あれをするな」「これもしない方がよい」「なるべく控えめに」といった「禁止的指導」は、それこそ「控えめに」すべきである。因みに健康に有害な物質としての代表ともいうべきコレステロールは65歳以上の高齢者については死亡率に関係しないことが国際的に有名な大規模調査で実証されている。従って中高年者は別として高齢者に対して闇雲にコレステロールを含んだ食品を控えさせることは無益なことである。好きなものを食べて楽しく活動的に生活をエンジョイした方が少なくとも精神面では遥かに有益なのである。

次の誤解は高齢者は老衰と病気のために不健康だという通念である。しかし、実態は70歳代をとってみても疾病による何の症状も示さない人々が少なくとも30%~40%程度いる。そして何らかの症状を示す60%~70%程度の高齢者においても大部分は有意義な社会的な活動を妨げるほどの障害を生じていない。むしろ若い勤労世代の方が一般に高齢者に多いといわれる症状や皮膚病、腰痛、精神障害などに悩まされている。そもそも人の能力には個人によるバラツキが大きく、特に65歳~75歳においては個人差が大きい。従って高齢者を十把一絡げに差別してはならない。

日米安保体制がもつ国際的な意味とは

2020/05/09
国内政治問題と外交問題とを比較するならば外交問題に関して国民の参加を妨げる客観的および主体的要因の働き方は直接的であるよりは、むしろ国内政治問題との関わりを通じた間接的な形をとることが多いことに注目する必要がある。

外交問題が直接伝統的な集団的帰属意識に関わりをもつことは少ない。天皇制のあり方、例えば昭和天皇の死およびこれに関する日本社会の行動、教科書検定問題、靖国神社公式参拝問題等に関する諸外国の反応、あるいは尖閣列島、竹島、いわゆる北方領上等の領土問題に対しては客観的および主体的要因の双方が直接的に国民のナショナリズムの意識に働きかけようとすることはあるが、これらのケースはむしろ例外的である。

例えば戦後日本外交の基軸ともいわれてきた日米関係、特に日米安保体制を見てみよう。ここでは政権の側が戦前から意識的に扶植されてきた反共主義的観念に訴えることによって、また1960年代以後は日本経済の繁栄に稗益する人々が増えることにより、その繁栄をもたらした日米関係を不安定化するわけにはいかないという主張を積極的に展開することを通じて国民の多くが安保容認論に傾く素地を作ってきた。

つまり日米安保体制がもつ国際的意味とか、その中での日本の位置づけとかの国際的、外交的側面ではなく国内的な意味合いとの関わりでその正当化が図られるという姿である。1960年のいわゆる安保闘争を最後として日本のアメリカ軍基地がアメリカの世界戦略遂行上どのような重要性を占めているのか?アメリカの世界戦略および日米安保体制の下で日本がいかなる軍事的機能を担うことになっているのか?また、自衛隊がその中で担っている機能は何か?日本がアメリカの世界戦略を下支えすることが国際関係にいかなる意味をもつのか?等々の国際的、外交的側面が多くの国民を巻き込んで正面から論じられ、国民的関心を呼び起こすということはほとんどない状況が続いている。

シャーマニズムの世界

2020/05/09
20世紀に入って初めて文明の光が差し込んだ未開の大地である。宣教師を先頭に世界中から様々な人類学者やその他の学者が調査を目的に訪れだして石器時代そのままの原始生活を続ける原住民の姿を世界に紹介した。

ジャングルの奥の深い谷合の小さな部落に住み、身につけるものはわずかの飾り物だけという原住民たちは完全に未開宗教の1つであるシャーマニズムの世界に生きている。それは呪術師の支配する迷信と錯覚と夢想と呪いの世界で、土人たちは彼らの小さな部落を取り囲むジャングルの中にもその中を流れる河にも石にも精霊が宿っていることを信じて疑わない。

原始的なあらゆる労働、祭祀は呪術師を中心としてとり行なわれ、呪術師は最高に近い地位を与えられ、降神術を行ない、死者と言葉をかわし、病の治療までする他に様々なタブーを部落民に与え、それを犯す者に罰を与える裁判官でもある。

部落民は一体となって呪術師の言葉に従って生き、呪術師の罰した者を部落全体が罰するのである。彼らのタブーの中にはジャングルの木々に落ちる稲妻の光や流れがおきた時の水音、真っ暗な夜に叫ぶフクロウの鳴き声などがあって、これらはそれぞれ重大な意味を持ち、特に雷が墓地に落ちた時はすぐ呪術師のところへ駆けつけてなだめの呪文を唱えてもらわねばならないという。

洪水の音を聞いて夫と喧嘩して自殺してしまった女性もいるし、フクロウが鳴くのを耳にして去年祖先の墓に十分な豚を捧げなかったことが判明した者もいる。あつい食事をした後ですぐ河のほとりに行くと、河の精にとりつかれるというタブーを犯した青年は腹痛を起こし、その上一定の罰を受けねばならなかったそうだ。

日本製造業の戦後最大のピンチとは

2020/05/09
証券マンの詐欺同然の勧誘ぶりに問題があることはもちろんだが人に金を預けて何割、あわよくば何倍にも膨れ上がることを期待する当人にも問題がある。プロの株屋は経済界から政界から各企業の内幕まで懸命に調べ上げた末に株に賭けるのだが、金を預けた人はゴロ寝でテレビを見ながら天から大金が降ってくるのを待っていただけである。
 
高度経済成長期までの日本人は貧しかった。欧米の豊かな生活や高い文化に対して長くコンプレックスを抱いていた。それが急に経済大国の人になったと思い込んだのだから日本経済の未来はますます明るく金が必ず金を生むと信じたのだろう。ほんのちょっと豊かになった貧乏人の浅はかさと言うべきか。金融機関の方もかつてなく豊富な預金残高を握り、土地や株の巨額の含み益をかかえた余り頭がおかしくなったのであろう。
 
また、戦後50年余の日本と中国とアメリカの歴史を回想して改めて痛感したことはアメリカも中国も国際的にも国内的にも挫折や失敗を重ねて苦しみ、ようやくそれを乗り超えてきたのに対して日本経済は1980年代の末まで石油ショック後の2年ほどの不況を除けば順調に成長してきたということである。大蔵省であれ金融機関であれ危機管理が下手なのはそれが戦後はじめての経験で、危機に対処する制度も人材も欠いていたからではないか。

しかし、それにしても1990年代の日本の製造業は戦後最大の曲がり角の時期をよく凌いできた。それが金融機関の豊富な預金残高をもたらした原因の1つであろう。ところが金融機関の方はその金を不動産投機やデリバティブなどに回し、賭け事に敗れてすってしまった。そして製造業に対して貸し渋り、なかには黒字倒産する企業も出てくるというのは技術系の私などからはなんとも釈然としない。真面目に働く息子が稼いだ金を父親に預けたところ親はそれを博打ですって、息子は窮地に陥ったという感じである。